集中豪雨や河川の氾濫による浸水被害が発生した際、被災現場が直面する最大の壁の一つが「復旧サービス会社の到着待ち」というタイムラグです。被災エリアでは清掃・復旧サービス会社への依頼が集中し、実際の排水や洗浄、乾燥作業に着手できるまでに数日から数週間の待機を余儀なくされるケースは珍しくありません。
この作業着手までの空白期間に、建物内部は急速な劣化が進みます。汚水に含まれる有機物をエサに嫌気性細菌が爆発的に増殖して強烈な腐敗臭を放ち、24〜48時間を過ぎる頃にはカビの胞子が発芽して木部や石膏ボードの深部へと菌糸を伸ばし始めます。
ここで「少しでも被害を食い止めたい」と、汚水や汚泥が残る現場に次亜塩素酸水や過酸化水素水などの酸化系除菌剤を散布するケースが見られます。しかし、衛生管理の観点から見ると、このアプローチは期待通りの効果を得にくいのが現実です。酸化系の薬剤は強力な除菌力を持つ反面、周囲の膨大な有機物と真っ先に反応して一瞬で消費・失活してしまいます。大量の水分によって瞬時に希釈されることも重なり、汚水の底や建材表面に潜む菌まで届く前に効力を失ってしまうためです。
消毒・除菌の基本が「汚泥の排出と完全な洗浄・乾燥を終えた後に行う」にあるとされるのは、こうした化学的な理由に基づいています。
では、本格的な排水、汚泥の排出、洗浄に着手できない初期の数日間、打つ手はないのでしょうか。そこで近年、建築衛生や環境保全の現場で注目されているのが、有用微生物(バイオ)を活用したアプローチです。
化学剤にとって「失活の原因」となる汚水中の有機物や高湿度環境は、バチルス菌をはじめとする有用微生物にとっては、むしろ活動と定着に適した環境となります。あらかじめ安全性の高い優占菌を散布しておくことで、微生物が汚水中の栄養分と生息空間を先回りして占有します。この「競合排除(微生物同士の生存競争)」の働きによって、腐敗菌や病原菌、カビが利用できるエサを奪い、その爆発的な増殖を物理的・生物学的に抑え込む仕組みです。
さらに、有機物が正常に分解されるため、汚泥等特有の腐敗臭や硫化水素などの悪臭ガスの発生も大幅に抑制されます。
もちろん、バイオ処理は最終的な復旧作業(泥出し・高圧洗浄・完全乾燥)に取って代わるものではありません。しかし、酸化系の薬剤などの化学剤で一瞬にすべてを消し去るのが難しい環境下では、「業者が来るまでの初期防衛」として現場の腐敗進行やカビの深部侵入を遅らせるプレトリートメントとして捉えると、非常に合理的で理にかなった選択肢の一つといえます。
バイオオーグメンテーションとは
汚染現場に、特定の分解能力や拮抗能力(競合排除力)を持つ培養微生物(有用菌群)を外部から人為的に投入・添加して浄化や菌叢制御を強化する技術を指します。バイオレメディエーションを達成するための主要な具体的アプローチ(手法)の1つです
【参考】
環境省ホームページ
バイオレメディエーションとは
https://www.env.go.jp/water/dojo/bio-intro.html